「文化の違いのせい」にする前に——異文化カップルのズレが教えてくれること
- Yasuno Yoshizawa

- May 11
- 6 min read
Updated: 6 days ago

「察してほしいのに、伝わらない」
異文化カップルの間で、よく聞く言葉です。日本人のパートナーが、文化の違う相手に対して感じる、あのもどかしさ。言わなくてもわかってほしい。でも、伝わらない。
そしてその理由として、「文化の違いだから仕方がない」という言葉が使われることがあります。
でも、少し立ち止まって考えてみたいのです。それは本当に、文化の違いだけが原因なのでしょうか。
わたし自身、異文化カップルに関わる中で、ふと思うことがあります。「察してほしい」という気持ちは、異文化のパートナーとの間だけに起きることなのか、と。同じ文化を持つ日本人同士のカップルでも、同じような悩みは起きています。
文化の違いは確かに存在します。でも、その違いを理由にすることで、何か別のことが見えにくくなっていることはないでしょうか。
この記事では、異文化カップルのズレを通して、自分自身の内側を見つめるヒントを考えてみたいと思います。
文化の違いという説明の便利さと落とし穴
文化の違いは、確かに存在します。コミュニケーションのスタイル、感情の表し方、家族との距離感、時間の感覚——これらが文化によって大きく異なることは、研究でも明らかにされています。
だからこそ、「文化の違いだから」という説明は、とても便利です。相手の理解しにくい行動に、一つの理由が与えられる。自分の感じるズレに、名前がつく。それ自体は、悪いことではありません。
でも、その説明が「だから仕方がない」という諦めに繋がったとき、何かが止まってしまいます。
自分が何を求めているのか。それをどう伝えているのか。相手に伝わらないとき、自分はどう感じているのか。
そういった問いが、「文化の違いだから」という一言で、棚上げされてしまうことがあります。
文化の違いを理解することは大切です。でも、それは「伝えることを諦める理由」にはならないはずです。むしろ、違いがあるからこそ、より丁寧に伝えていく必要がある。
そして、「伝えられない」「伝えても伝わらない」という感覚があるとき、その根っこには、文化とは別の何かが潜んでいることがあります。
「言っても伝わらない」という諦めは、どこから来るのか
「どうせ言っても伝わらない」という感覚は、相手が異文化出身だから生まれるものでしょうか。
必ずしも、そうではないかもしれません。
心理学では、人が幼い頃に築く養育者との関係が、その後の人間関係のパターンに大きく影響すると言われています。これを愛着理論と呼びます。
例えば、幼い頃に自分の気持ちを表現しても、なかなか受け取ってもらえなかった経験を持つ人は、大人になっても「伝えても無駄だ」という感覚を内側に持ちやすくなることがあります。これは回避型の愛着スタイルと呼ばれるパターンに近いものです。
一方、「察してほしい」という形で間接的に気持ちを伝えようとする場合、その背景には「はっきり言ったら嫌われるかもしれない」「拒絶されるかもしれない」という不安が潜んでいることがあります。これは不安型の愛着スタイルに近いパターンです。
そしてここに、文化的な背景が重なります。
「察する」ことを美徳とする文化の中で育った人は、「言わなくてもわかってほしい」という期待を持ちやすい。でもその期待の奥には、愛着スタイルから来る「伝えることへの恐れ」や「諦め」が、混ざり合っていることがあります。
つまり、「文化の違いで伝わらない」と感じているとき、実はそれは文化だけの問題ではなく、自分の中に長い時間をかけて積み重なってきたものが、関係しているかもしれないのです。
ズレは、自分を知るための鏡
異文化カップルの間で生まれるズレは、時に深く傷つくものです。でも、そのズレを「文化の違いだから」と片付けずに、少し立ち止まって向き合ってみると、そこには自分自身についての大切な気づきが潜んでいることがあります。
「なぜ自分は、この場面でこんなに傷ついたのか」
「自分は本当は何を求めていたのか」
「それを、どんな形で伝えようとしていたのか」
パートナーとのズレは、そういった問いを自分に向けるきっかけになります。
人は誰しも、自分のことをわかってほしい、共鳴してほしいという欲求を持っています。特に、親密な関係においては、その欲求はより強くなります。異文化のパートナーとの間でその欲求が満たされないとき、「文化の違いだから仕方がない」という言葉は、その傷つきに蓋をしてしまうことがあります。
でも本当に必要なのは、その傷つきの奥にあるものを、自分自身が理解することかもしれません。
相手に変わってもらうことを求める前に、自分が何を求めているのかを知ること。そしてそれを、どう伝えていくかを探ること。それは、パートナーシップをより豊かにしていくための、個人としてできる最初の一歩です。
異文化カップルのズレは、相手との違いを映す鏡であると同時に、自分自身の内側を映す鏡でもあります。
もちろん、このプロセスは一人でできるものではありません。自分の気持ちを伝えようとしたとき、相手がそれを根気強く聞いてくれるかどうか。その関係性の安全さが、自分の内側を探ることを可能にします。パートナーとの関係が、自分を知るための安全な場所になっているかどうか、それもまた、大切な問いかけです。
文化の違いを超えて、自分を知ること
異文化カップルの間のズレは、文化の違いから来ている部分もあります。でも、それだけではない部分も、確かにあります。
文化の違いを理解することと、自分の内側を理解することは、どちらも必要です。相手の文化的な背景を知ろうとしながら、同時に、自分が何を求めているのか、どう伝えているのか、なぜ伝えられないのかを、自分自身に問いかけていく。
その両方があって初めて、パートナーとの関係は少しずつ動き始めます。
「文化の違いだから仕方がない」と感じたとき、それは終わりではなく、自分の内側を知るための入口かもしれません。
もし今、パートナーとのズレに悩んでいるなら、今一度、自分の関係性を振り返ってみてもいいのかもしれません。相手を変えようとする前に、自分が何を求めているのかを、少しだけ丁寧に見てみること。その小さな一歩が、思いがけない気づきをもたらすことも、そして新しい関係性を開いてくれる可能性もあるでしょう。
ENSO KOGEN Studioでは、帰国後の移行期や、複数の文化の間で感じる揺らぎを、個人セッションを通じて一緒に整理しています。「うまく言葉にできないけれど、なんかしんどい」——そんな段階から、ぜひ話しに来てください。
This article is written in Japanese. If you'd like to discuss these topics in English, feel free to reach out.
参照:
Johnson, S. M. (2004). The practice of emotionally focused couple therapy: Creating connection. Brunner-Routledge.

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