あなたの隣にいる人が、今経験していること——異文化変容ストレスを知らない人へ、そして知っている人へ
- Yasuno Yoshizawa

- May 11
- 7 min read

あなたの身近に、外国にルーツを持つ人はいますか。
職場の同僚、パートナー、あるいは海外で育った子ども。一緒にいる時間は長いのに、その人が何に悩んでいるのか、なぜそんなに消耗しているのか、うまく理解できないことはありませんか。
あるいは、あなた自身がその立場にいるかもしれません。自分がどれだけ大変な状況にいるのか、うまく言葉にできない。伝えようとしても、なかなかわかってもらえない。そんな経験をしてきた人もいるかもしれません。
この記事は、その両方の人に向けて書いています。
異文化変容ストレス、という概念があります。聞き慣れない言葉かもしれません。でも、この概念を知ることで、隣にいる人の状況が少し見えやすくなる。あるいは、自分が経験してきたことに、ようやく名前がつく。そんな体験をしてもらえたら、と思っています。
新しい文化に「馴染む」とはどういうことか
異文化変容(Acculturation)とは、慣れ親しんだ文化を離れ、新しい文化環境の中で生活するとき、心とマインドが変化していくプロセスのことです。
これは、外国語を覚えることや、現地の習慣を身につけることだけではありません。価値観、人との距離感、感情の表し方、時間の感覚——そういった、普段は意識すらしていないような、文化に深く根ざしたものすべてが、新しい環境の中で問い直されていきます。
そしてその過程で、心に大きな負荷がかかります。それが異文化変容ストレス(Acculturative Stress)です。
異文化変容ストレスは、1980年代から移民心理学の研究者たちによって体系的に研究されてきた概念です。移民心理研究の第一人者であるベリー博士らの研究によって、異文化環境で生活する人が経験するストレスには、共通したパターンがあることが明らかになっています。つまり、これは「その人だけが感じている特別な問題」ではなく、異文化環境に置かれた人であれば、程度の差はあれ、誰もが経験する心理的なプロセスとして、学術的に認められているストレスなのです。
だからこそ、これは「その人が弱いから」でも「努力が足りないから」でもありません。そしてそれは、当事者だけでなく、隣にいる人にも、知っておいてほしいことです。
あなたの隣で、今何が起きているのか
最近、外国にルーツを持つ同僚と一緒に働く職場が増えています。日本でも、職場の多様化は少しずつ進んでいます。
でも、一緒に働いていても、その人が何に悩んでいるのか、なぜ時々消耗しているように見えるのか、よくわからない、という経験をしたことはありませんか。
仕事はきちんとこなしている。言葉も通じている。でも、突然気分が落ち込んでいるように見えたり、急に怒りが出てきたり、逆に強く自分を卑下するような発言が出ることがある。「何か気に障ることをしたのだろうか」「どう接すればいいのかわからない」そんなふうに感じたことはありませんか。
でも、それはあなたのせいではないかもしれません。
職場での異文化変容ストレスは、言葉の壁だけではありません。職場の暗黙のルール、コミュニケーションのスタイル、会議での発言の仕方、上司との関係性の築き方——そういった、誰も教えてくれない「文化的な常識」を、毎日手探りで理解しながら働くことは、想像以上に消耗するものです。
しかも、それを「大変です」と言い出しにくい空気が、職場にはあることが多い。結果として、疲弊していても誰にも言えないまま、静かに抱え込んでいることがあります。
もう一つの例は、海外で育った子ども、TCK(サードカルチャーキッズ)を持つ親です。
引っ越しの手配、新しい学校の入学手続き、住まいの準備。親は家族のために、できる限りのことをしています。それなのに、子どもが毎日憂鬱そうにしている。学校から帰ってくるとぐったりしている。時にイライラしている。理由を聞いてもうまく説明できない。
「学校に行くだけだろう。何がそんなに苦しいんだ」
そう感じてしまうのは、無理もありません。親には見えていない何かが、子どもの中で起きているからです。
新しい環境に移るということは、子どもにとって、友人関係、言語、文化、自分が「普通」だと思っていたすべてが、一度に問い直される体験でもあります。大人が思う以上に、子どもはその変化を深く感じています。でも、それをうまく言葉にできないことが多い。
職場の同僚も、海外で育った子どもも、置かれている状況は一見まったく違います。でも、その根っこにあるものは同じです。今まで「当たり前」だと思っていた世界の絶対性が揺らぎ、新しい価値観を手探りで繋ぎ合わせながら生きている。その消耗が、周囲からは見えにくい形で表れている。
当事者が経験していること
異文化変容ストレスは、当事者にとっても、簡単に言葉にできるものではありません。
自分の意思で移住を選んだ人は、「自分で決めたことなのに」という思いが、弱音を吐くことへの罪悪感になることがあります。苦しいのに、その苦しさを誰かに打ち明ける権利が自分にあるのか、という葛藤を内側に抱えながら、日々を過ごしていることがあります。
一方、家族の転勤やパートナーの都合など、周囲の事情で移民になった人は、「なぜ自分がこんな思いをしなければならないのか」という怒りを、深いところに抱えている場合も少なくありません。その怒りは、表に出しにくいだけに、じわじわと心を蝕んでいきます。
立場は違っても、両者に共通していることがあります。自分と同じ状況を経験している人が、圧倒的に少ない、という孤立感です。
しかも、同じ移民であっても、適応のスムーズさには大きな個人差があります。新しい環境への適応がとても得意で、むしろそれが性に合っているという人もいます。そういう人が周囲にいると、「なぜあの人はうまくやれているのに、自分はこんなに苦しいのか」という比較が生まれ、適応できない自分をさらに責めてしまう。
その苦しさは、努力が足りないからではありません。状況が、そもそもそれだけ複雑なのです。
理解することから始まる
異文化変容ストレスの経験は、人によって大きく異なります。適応がスムーズな人もいれば、長い時間をかけてゆっくりと馴染んでいく人もいる。ストレスの強さも、表れ方も、それぞれです。
でも、一つ確かなことがあります。この苦しさは、その人の精神的な弱さからきているのではない、ということです。新しい文化や環境の中で生きることで、必然的に起きてくる現象です。それは、学術的にも認められてきたことでもあります。
当事者の方へ。あなたが感じている消耗や葛藤は、あなただけのものではありません。そしてそれは、あなたが弱いからではない。状況が、それだけ複雑なのです。
そして、身近に何かに苦しんでいる外国人や移住者がいる方へ。その人が何を抱えているのか、すべてを理解しようとしなくていいと思います。ただ、自分の感覚だけで判断する前に、少しだけ想像してみる余白を持って接してみてください。
その余白が、隣にいる人にとって、大きな支えになることがあります。
ENSO KOGEN Studioでは、帰国後の移行期や、複数の文化の間で感じる揺らぎを、個人セッションを通じて一緒に整理しています。「うまく言葉にできないけれど、なんかしんどい」——そんな段階から、ぜひ話しに来てください。
This article is written in Japanese. If you'd like to discuss these topics in English, feel free to reach out.
参照:
Berry, J. W. (1986). The Acculturation Process and Refugee Behavior. Hemisphere Publishing Co: Washington DC.
Berry, J. W., Kim, U., Minde, T., & Mok, D. (1987). Comparative Studies of Acculturative Stress. International Migration Review. Vol. 21, No. 3, pp. 491-511.
Bhugra, D., & Grupta, S. (2010). Migration and Mental Health. Cambridge University Press: Cambridge, GBR.
Kim, B. K., & Omizo, M. M. (2005). Asian and European American Cultural Values, Collective Self-Esteem, Acculturative Stress, Cognitive Flexibility, and General Self-Efficacy Among Asian American College Students. Journal of Counseling Psychology, 52(3), 412-419.
Kim, B. K., & Omizo, M. M. (2006). Behavioral acculturation and enculturation and psychological functioning among Asian American college students. Cultural Diversity and Ethnic Minority Psychology, 12(2), 245-258.


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